冬の利賀にて 鈴木さんの話、とそこから考えたこと。※微調整版

  • 2014.02.12 Wednesday
  • 16:50


まずはメモ風に鈴木忠志さんの話で印象に残った部分を。もちろん広田の超訳であるので悪しからず。
 
【スズキ・メソッドの見学】
 
今回の「演劇人のための鈴木教室」in利賀では、実際にSCOTの人たちが行うスズキ・メソッドのトレーニングを見学させていただいた。そもそもスズキ・メソッドとは何か? ということを僕がここで論じるのはまったく不適格でおこがましいのだが、大雑把に言えば「俳優のための身体訓練の方法」ということになるのかと思う。僕が特徴的だと感じたのは「重心のコントロール」、「水平移動」などの身体コントロール術と、様々な体勢からの発声/台詞を発するという声の技術が同時に扱われているということだ。ゲーム性は皆無と言ってよく、まさに基礎訓練という印象。クラシック・バレエに理解がある人にとってはバーレッスンをイメージしてもらうのが早いと思う。日本の伝統芸能の身体所作から着想を得た動きが多く、重心を下げたままの水平移動、すり足、あるいは木刀を使った所作など、色濃く「和」の雰囲気が漂う。が、それらは特定の伝統芸能に特に依拠しているわけではない。そこにスズキ・メソッドの大きな特徴がある。あくまでも様々なジャンルの身体所作を鈴木さんが観察、取捨選択し、なおかつ日々、創意工夫を凝らしながら鈴木演劇のために必要な訓練を劇団の活動を通じて練り上げていったのだ。

実は自分はこの時以前にもスズキ・メソッドを見たことがあった。というより、かつて俳優として参加した公演において、その時の演出家の意向でスズキ・メソッドに取り組んだ経験すらあった。……が、まあ、なかなか本場仕込みというのはまた違った迫力があるもので、日々、訓練を積んだ方々が20名以上勢揃いしている様子は圧巻だった。

「日本で一番ケンカの強い劇団を作ってるんだ」と鈴木さんは冗談めかして言っていた。確かにスズキ・メソッドの足踏み、木刀振りなどを見ていると、その殺気、身体の研ぎ澄まされ方など、劇団対抗でケンカをした場合SCOTに比肩する劇団は見当たらないと思えた。うーん。無鉄砲さのゲキバカ(偏見)、組織力のSPAC、あるいは圧倒的数の力で劇団四季……という強豪も控えてはいるが、やはり構成員の個々の戦闘能力を考慮すると他の追随を許さないと言えよう(アマヤドリなどは言うに及ばず)。いや、別にケンカが強くなるための訓練というわけでは全くない。「強さ」を目指しているわけではない。
 
ただ、オリンピック選手などを見ていても思うことだが、とりわけ身体運用の「美」と「強さ」には密接な繋がりがあるようだ。かつて元軍人の利賀の村民がこんなことを言ったそうだ。「鈴木さんとこの訓練は軍隊より厳しい。あなたたちの作品はよくわからんが、この訓練に耐えている人たちは信用できる」と。また、鈴木さんは言っていた。「最初は村の人たちも、なんだか東京の奴らが冷やかしで来たんじゃないか? という疑いみたいなものを持っていたんだけど、おいらは家を建てちゃった。それで『あんたたちが逃げ出しても俺らはここに居るからな』って言ってやった。劇団が利賀に来た時に1500人ぐらい居た村民は今は500人以下になった。実際、言った通りになった部分はある。」何が人の信用を勝ち得るのかを考える上でどちらも考えさせられる言葉だ。覚悟と信念、そして行動と積み上げた時間。
 
【水平移動、自分の体をスキャンする】
 
スズキ・メソッドにおいて特に重視されていることのひとつに重心の水平移動がある。鈴木さんはバレエや能・狂言の身体運用の例などをひきながら、舞台芸術においていかに
水平移動が重視されてきたかを語った。と同時に100メートル走の例をあげて、水平移動と最速、ということの密接な関係についても述べていた。100メートル走において「最速」はすなわち「強さ」であり、それは「美」とも通底する。

したがってスズキ・メソッドでは水平移動のための訓練が数多く用意されていた。しかも、水平移動をしつつ、かつ台詞を喋れる身体の状態を目指すのである。実際、訓練の最中に台詞を言うための指示がいきなり出されても俳優たちは見事に身体の緊張感を保ったままで台詞を喋りだす。こういった訓練を日々、繰り返し行うことによって俳優はその都度、身体の状態を自分でチェックするのだという。
 
途中、大変おもしろい場面を見せてもらった。まず、俳優たちが舞台奥に一列に並び、決められた足捌きで音楽に合わせて前へ前へと進んでくる。もちろん、みな、まっすぐに舞台正面に向かって進んでくるのだが、その後、俳優たちはそれぞれハチマキのような目隠しをつけて、その状態で同じ動きを行う。すると、さっきはまっすぐに進んでこれたSCOTのメンバーたちが斜めに進んでしまったり、時には真横になってしまったりするのだ。同様の訓練として、片足でバランスを保持する際に目を閉じさせる、というものもあった。やはりこの時も目をつぶった瞬間から俳優の体はバランスを崩し始め、グラグラと揺れる。鈴木さんも言っていたが、「うちの連中だからこの程度ですんでいるけど、訓練していないやつだったらもっとバラバラになる」のだろうと思う。SCOTのメンバーですら視覚情報を断たれるとバランスを保っていることが出来ないということ、いかに人間が視覚に頼って身体をコントロールしているかを示す象徴的な場面だった。鈴木さんいわく、
 
「近年になってテレビが日常に溶け込み、パソコンが出て、携帯が出て、ますますモニター画面を見ることが多くなった。要するに視覚ばかりに頼って現代人は生活をしているわけだけど、もっと五感を使わないといけない。そうでなきゃ舞台上で自分の体を活かしきることはできない。」
 
なるほど、と素直に納得した。



 
【スズキ・メソッドについての質疑応答 参照項を巡って】
 
SCOTの方々によるスズキ・メソッドの訓練をひとしきり見学させていただいたあと、質疑応答の時間が設けられた。そこで鳥公園の西尾佳織さんからとても興味深い質問が出された。いわく、
 
「スズキ・メソッドでは様々な形で武道や古典芸能の動きが参照されているようだ。ところで、私たちの日常はそういったものとはほとんど無縁だが、なぜ、特にそれらの動きを選択するのか? その必然性は何か?」と、だいたいそういう主旨のことを彼女は言っていたように思う。それに対して鈴木さんが答えたのは以下のようなこと。
 
「日常の身体にこだわる理由もまた明確ではないはずだ。たとえばギリシア悲劇やシェイクスピア戯曲の登場人物たちが生きるのは日常からは明らかに逸脱した行為/状態であって、それらを演じるために日常の手頃さ、身近な感覚にこだわり続けることの意味はむしろ薄い。現代においてもたとえば、ホラ、秋葉原で何年か前に無差別殺傷事件というのがあっただろう? ああいった連中は大勢いる。たとえ実行にまで移すやつは少ないとしてもそういったことを、やりたい、やってしまいたいと思っている連中はたくさんいるはずだ。そういった現象に対して『それでも人間か!』と言うのは俺は違うと思う。『それが人間だ!』と思うんだよ。兄弟を殺すし、母親を犯す。
そういうものなんだ人間は。戯曲にはそういう連中がいっぱい出てくる。だからって実際に舞台上で人を殺すことはできないよ。もちろん殺す必要もない。ただ、身体の状態として、殺せる状態じゃなけりゃ大嘘だ、と俺は思うんだ。下手な時代劇なんか見ていると思うんだけどさ、あんなんじゃ人は殺せないよ、って。あんな刀の振り方じゃ人は切れないんだよ。そこが大嘘じゃいけない。つまらない。優秀な歌舞伎俳優なんかが刀を持つと、こいつは実際に刀を持たせたら何人も殺してしまうんじゃないか? って思わせてくれる。そういう迫力がある。でも、あくまで演技としてなんだよ。だって「実際には殺していない」という意味ではそれはどこまでも嘘なんだからさ。だけど体の状態としては嘘じゃない。だろ? そう、たとえば『小便の真似』というのが俳優はちゃんと出来なけりゃいけないってことだよ。実際に舞台上で小便をする必要はないんだ。だけど、小便をする時に体がどんな状態になるか、それを知っている必要がある。そして小便を実際にはしないにもかかわらず、実際に小便をする時の状態を再現することができる、それが俳優の技術ってもんだろう?」
 
もちろん超訳ではあるが、概ね、そんなことを答えていた。この発言には大いに納得できる。とても面白い話だったし、理解しやすい。が、ここで西尾さんの問いと鈴木さんの答えとの間に微妙なズレがあったことも確かだ。事実、西尾さんは言語化し得ない感覚をなんとか言葉にするように、いろいろな言葉で鈴木さんに問いを続けた。さらに鈴木さんは答えた。
 
「武道や伝統芸能の動きに親和性が無い/持てないというのは単に教養不足という問題があるんじゃないか? 伝統的に形成されてきた身体運用に立ち返るのは何も懐古趣味ではない。現代に生きる我々の常識/日常から逸脱するためにこそ、古典/伝統への回帰が模索されるんだ。」
 
さらに西尾さんも尋ねた。
 
「身体に対する教養不足は確かにあると思う。けれど様々な伝統がある中で特に武道に見られるような非日常的な身体を、いわば異形の姿を、なぜ選ぶのか? 選ばなければならないのか? その必然性とはなにか?」
 
その非日常的な身体の所作/運用のことを危口さんが「アーティフィシャル(人工的)」という言葉で補足した。この問いは、僕もまた当事者として直面し、考えてきた問題だ。確かに、日常の手頃な身体では表現しきれない舞台上の出来事というのはある。では、日常の壁を突破するために俳優に
どんな負荷をかけてやればいいのか? それが問題だ。それに対して鈴木さんは「スズキ・メソッドによって」という答えを出した。また、バレエや歌舞伎も、それぞれが身体の方法論を形成する形でその問題に答えを出してきた。で、僕が思うに、もしかするとここ数年の演劇界はその同じ問いに対して、訓練ではなくアイディアによって対応してきたのではないだろうか?

ここでちょっと大雑把な形で、ここ10年ばかりの演劇界の動向を語ることをお許しいただきたい。もちろん、全然正確でも公正でもない分析だ。あくまで、僕からはこうも見えた、という程度の話として読んでいただきたい。
 
おそらく、ゼロ年代の演劇は90年代に進行した日常的な身体(いわゆる「現代口語演劇」的なるものを含めて)という文脈から一歩踏み出して身体表現を模索してきた。それは新劇的な、あるいはスタニスラフスキー的なリアリズムの身体ともまた違った美学によって裏打ちされていた。たとえば「ポツドール」は日常のリアリティを「青年団」よりも数段過激な形で徹底することで新たな身体を獲得しようとしたし、『三月の5日間』前後の「チェルフィッチュ」はコンテンポラリー・ダンスの方法と口語演劇を豪快に接続することでまた別の身体性を模索した。また「東京デスロック」はたとえば『マクベス』の上演において執拗に椅子取りゲームを繰り返すなど、様々な場面を通じて俳優の「疲れ」をあえて前面化し、演出の一部として利用した。さらに言えば「地点」は発声と発語の問題に身体と空間という切り口で正面から取り組み、虚構の内部で構築されるリアリティとは別の場所で、劇場空間において成立しうる身体感覚を、脱力とはまた違った仕方で模索してきた。

実際の創作現場で行われてきたそれらの演劇的な試み/アイディアは、もちろんゼロ年代とか90年代などという言葉で簡単に分岐点が作れるものではないだろうし、上記のような粗雑な状況分析は結論を焦りすぎているようにも思う。が、そういった自制心を強く抱きながらもなお、僕はそれらに共通するものとして「身体訓練の回避」という大きな流れを読み取ることができるのではないかと思う。その傾向はかつて「十年稽古すれば誰でも出来るようなことはやりたくない」と宣言した松尾スズキさんのスタンスにその萌芽のひとつを見出すことができるのかもしれないが、ともあれ、それらの試み/アイディアを「身体表現の方向に演技を拡大解釈しつつ、しかも身体訓練は行わない」と言い表すことができると思う。もちろん、90年代にもゼロ年代にもSCOTは存在し続けているわけだから、この定義があてはまるのは特に僕が念頭においたいくつかの集団に見られる小さな現象に過ぎないわけだが、僕にとってはそれらの動向はとても共感できるものであったし、だからこそ無視できない有功な試み/アイディアとして記憶されている。ちなみに、ひょっとこ乱舞/アマヤドリが行ってきた取り組みもまた、「身体を意識しつつ、訓練を回避する」という傾向を持っていたと言える。
 
僕と近い世代の演出家たちが進めたそのような傾向は、劇団員の減少、という組織の在り方と無縁ではないだろう。少なくともスズキ・メソッドのような特殊な身体訓練を前提とするカンパニーを作るためには、集団にある程度まとまった人数が必要だと僕は考える。理由はふたつ。ひとつには、基礎訓練を共有するためには大量の時間をそこに投資できる劇団員が必要だから。そしてもうひとつには、訓練を行う際には一緒にやってくれる人が必要だから、という極めて人間的な理由がある。そう、スズキ・メソッドの訓練は一人ではできない、と鈴木さんも言っていた。もちろん、原理的には可能なのだ。音楽があり、場所があればいつでも一人で訓練を行うことは可能だ。が、やはり現実的には隣りで一緒にやっている人間がいなければ、なかなかそれを継続することはできないものらしい。おそらくそれはバーレッスでも予備校の夏期講習でも同じことだろう。たとえプロ野球選手のような意識の高い集団であっても、「キャンプ」という形でわざわざ集まって練習をしなければ身体のトレーニングは捗らないのだ。つまり、集団というものは個人では成し得ないようなハードなトレーニングを可能にする、そういう機能があるということだ。これは劇団の今後を考える上で重要な論点になるだろう。
 
【スズキ・メソッドについての質疑応答 見ること、喋ること、そして触れること】
 
また、別の参加者からも質問が出された(質問者は失念……)。「スズメ・メソッドにおいては他人に触れる訓練が無いようだが、それは何故か?」というもの。鈴木さんの答え。
 
「スズキ・メソッドは体の状態を自分でチェックする訓練。自分を見て他人を感じる訓練だ。そして他人を感じるということや他人に触れるということは、台詞を発するという行為の中に含まれている。レヴィ・ストロースの言葉に『言葉には他者が刻印されている』というものがあるが(※引用元不明)、言葉の中には常にすでに他人への接触が内包されている。さらに俺の感覚で言えば「見る」という行為の中にも「触れる」が含まれている」
 
これは僕の考え方とは大きく異なる部分であり、興味深かった。上の発言に拠れば鈴木さんは「触れる」/「喋る」/「見る」を、かなり共通する部分の多い行為と見なしていると思われる(もちろん同一の行為ではないと判別した上で)。だとすれば、触れる時には黙るべきであり、喋る時には触れていない、つまり離れているべきである、とか、触れる時には見ない、見る時には触れない、という演技上のルールが導かれるのかもしれない。
「声は身体の延長」とはかつて宮城聰さんから教わった言葉だが、鈴木さんの説によればそこに追加して「視線は身体の延長」と言ってもいいのかもしれない。
 
このことのどこが僕の考えと大きく異なるのか。僕は「触れる」という行為にもっと特権的な何かを見出している。「触れる」は、「見る」や「喋る」とは大違いだと感じている。確かに「言葉の暴力」なんて慣用句が端的に表現しているように、言語/音声によって身体的な接触に近い「傷」を相手につけることはできるのかもしれないし、あるいは侮蔑的な視線でもって人を死に追いやることさえ可能なのかもしれない。だが、それでも僕はやはり声/視線を投げかけることと「触れる」の間には決定的な差異を感じる。なぜか。
 
そのことに答えるためには去年興味を持って少しだけ取り組み始めたコンタクト・インプロビゼーションについての説明をする必要があるだろう。……ええと、コンタクト・インプロが何か? という説明をここで行うほど僕はその道に詳しい人間ではないのでまたしても恐縮なのだが、簡単に言えばコンタクト・インプロとは、スティーヴ・パクストンという人物がひとつの起点になってアメリカで創始されたダンスの潮流で、身体の接触(コンタクト)を基本とした即興(インプロビゼーション)によって行われるダンスである。コンタクト・インプロはアメリカで生まれたのだが、なんでもそれが誕生する際には大きく東洋的な身体運用の方法、とりわけ日本の合気道の影響などがあったという。動きを実際に見ていると、確かに通じるものを感じる。

そこでは、すべてが接触(コンタクト)から始まる。「触れていないのに触れているような気がする」となってしまえばそれは「気功」の話であり、また別世界の話題だ。あくまでコンタクト・インプロ/合気道は身体の接触を重視し、そこから開始される相互作用の中に動きの根本を見出す。実際に見てみれば一目瞭然なのだがそこでは確かに、接触によってしか開始されようがないコミュニケーションの在り方が提示されている。それは言語とは異なる方法によってなされる身体コミュニケーションの有り様で、関係性の中に演劇の本質を見ようとする僕にとっては、とても特権的な表現だと感じられるのだ。
 
もしかすると、鈴木演劇には「喋るためには触れてはならない」という無言の掟があるのかもしれない。それはちょうど恋人たちがいちゃついた果てに「もう言葉はいらない」と囁くのと真逆の法則だと言えるだろう。


触れ合った恋人たちが黙ったあとには、身体主導によるコミュニケーション≒セックスが待っているわけで、そこでは言語/台詞が概ね排除され、身体によるコミュニケーションが支配的となる。鈴木演劇のテーゼは逆だ。つまり「言葉があれば触れる必要はない」と。電話やメールなどのコミュニケーション・メディアがこれと同様の発想に裏付けられていることは興味深い。ただ、鈴木演劇との違いは空間を共有しているかどうかという点に絞られる。しかし、その違いは決定的だ。鈴木演劇においては接触こそ重視されていないものの、呼吸や間合い、相手の表情や空気など、それこそ空間を共有していなければ絶対に不可能な、五感を総動員しての受/発信が求められているからだ。それはメールや電話にはない、身体によってのみ可能なコミュニケーションの形式だと言える。

人と人が近すぎればコミュニケーションは恋人的な「言葉はいらない」(あるいは殴り合い)という肉体の形式となり、遠すぎれは五感を総動員する必要のない限定的な情報のやりとりの形式をとる。つまり「空間を共有しつつも触れない」という距離感においてこそ、劇言語の世界を舞台上に出現させることができる、と鈴木さんは考えているのかもしれない。

余談だが、今回、利賀山房という場所で稽古見学をさせていただいたInternational SCOTの作品においては、7、8ヶ国語が入り乱れ、それぞれ別の言語によってアラバールの戯曲『建築家とアッシリアの皇帝』に挑んでいた。それはかつて僕が見た複数言語によるSCOT作品『リア王』の上演でも見られた手法で、俳優同士は相手の台詞を言語としては理解できないながらも、実に的確な間とタイミングで台詞を発し、コミュニケーションを成立させていた。

問題は自分の構想する演劇表現の中に接触という要素をどのように位置づけるかだ。台詞を喋るためには確かに接触は排除されなければいけないのかもしれないが、動機/目的を戯曲構造の中のみならず、相手役の身体に求めていくのならば、すべての動きは接触と
接触の拒否から、つまりは接近と逃走から成立しているとも考えることができるわけで、そのあたり、戯曲を書く上でも演出をする上でも自分の問題としてよくよく追求していきたい。


 
【他人が喜ぶをことを、自分の喜びにできるか?】
 
ここからは雑談的に書いていきたい。というより、そもそも鈴木さんの話が12月も今回も大いに雑談的であったので、ここまではむしろ断片的な話を無理矢理テーマ別に区切ってしまっているようなところがある。よってここから先は僕も勝手気ままに書いてみることとしたい。
 
今回、冬の利賀へ若手を招待してくれたことついては、鈴木さんの中でもいろいろな思いがあったのだろうと思う。冗談めかして「俺はあと3年ぐらいのもんだからよ」などと仰っていたが、七十を過ぎている鈴木さんが仰っているわけだから、単なる冗談でもないのだろう。誰かに何かを引き継ぎたいという思いがあったのかもしれない。何かを、ではなく、あるいはもっと明確な、演劇界の未来を、とか、利賀村の成果を、ということだったのかもしれない。もしかすると、鈴木演劇のその先を、ということだったのかもしれない。それは、わからない。ただこんなことを言っていたのが印象的だった。

「外国人は利賀村をおもしろがっていろいろ来てくれるけど、日本の演劇人がちっとも来てくれなくなっちゃった。演劇界の中にいても、その外側に向かって発信できるようにならなくちゃいけないのに演劇界の中ばっかりに終始するやつが多くなっちゃった。
だから、競馬番組に出て演劇の話をする寺山修司は偉かったんだよ。おまえらもちゃんと、がんばってくれよな。」

寺山さんの話や、別役さんの話、唐さんの話、宮城さん、平田さん、安田さん、加納さんの話などはどれも演劇の歴史をその目で見てきた当人のみが話せる内容で、とても興味深く拝聴した。

演劇人は演劇以外のことにも積極的に発言して、でっかいことを言って、それで演劇の外部の人を巻き込まなくちゃいけないんだ、っていう話は大いに賛成する部分があったので聞いていて大変心強かった。一方で僕は長いこと、芸術作品を作る人間が作品以外のことでメッセージを発したり、あるいは政治的な発言をしたり、自分の立場を明確にしたりすることは避けるべきなんじゃないかとも思ってきた。いや、今でも思っている部分がある。というのも、作品のつまらなさを作品以外の発言の立派さで誤魔化せるものではないからだ。が、鈴木さんはそんなことは関係ないとばかりに、正反対みたいなことを言っていた。

「演劇は市場原理だけでは回って行かないものなんだから、民間であれ、行政であれ、市場原理以外の支援が必要になってくる。その時、作品のすばらしさに感動してくれる人間だけじゃなくて、自分たちの理念に共感して、支援してくれる人を味方につけなきゃいけない。たとえば理念に賛同してくれている人間は『鈴木さん、今回の芝居はよくわかんなかったよ』と言いながらも、『だけどその方針でがんばれよ』と支援を続けてくれる。その可能性がある」と。

確かに、これはかなり大きな意味を持つことだ。実際、鈴木さんが利賀村に活動拠点を移した際には「東京一極集中じゃダメだ!」という理念をぶち上げたそうで、それに対していろいろな反発もあったけれど、それよりも大きな支援があったのだという。そういう、作品の外部で他人を巻き込んでいけるパワーを持たなくちゃいけない、と鈴木さんは言っていた。それは僕としても深く共感できることだったが、それに関連して鈴木さんが言っていた言葉はさらに興味深かった。ここからはちょっと話がややこしくなるが、お許しいただきたい。

「他人に喜んでもらうことが自分の喜びになったときに、ああ、やってよかったな、と人は自分の仕事に対して実感が持てるんだ。自信が持てるんだ。劇団員たちだってそういう風に感じて活動をしているんだよ。」
 
この発言は一般的な道徳律から言うと問題なく正しいと思える。が、これは政治思想としては明らかな共同体主義の発言であって、カント的な道徳律とは矛盾する発言だと言える。えーと、つまり、他人の喜びを自分の目的に寄り添わせてしまっている時点で、それは仮言命法であって定言命法ではない、ということなのだが……。もうちょっとシンプルに言えばですね、それは癒やし/共同体/親切といったような文脈で発想される幸福論であって、個人主義的な倫理観ではない、ということ。うーん。このあたり、僕はちっともカントの専門家ではないので曖昧な知識で恐縮なんだが、あえてもう少し書いてみよう。

カント的に言えば、たとえば「優しい嘘」なんていう発想はあり得ないそうだ。「嘘はつくな」という道徳律は定言命法として、つまりそれ自体を目的として構想されるので、「他人が嫌な思いをしないために、ここは我を曲げて嘘をつこう」などという道徳は否定される。いかなる状況であれ嘘は許されない。それがカントのスタンスだ。つまり他人の喜びと自分の道徳とは直接的な関係を持つべきではない、ということ。なぜなら、他人の幸福によって自分の道徳を変化させるような発想は、たとえそれがいかに優しさのように見えたとしても、結局は功利主義的な幸福追求に堕してってしまうからだ。要するにそれは、自分の倫理ではなく結果としての「快」を選択しているに過ぎないからカントにおいては批判される。らしい。
 
このことは僕の中で浅田彰さんがかつて震災後のシンポジウムで堂々と述べた「癒やしとアートは本来なんの関係もない」という発言とも響き合うものだ(このシンポもそういえば利賀で聞いたものだ)。ここで僕は、カントのいう定言命法としての道徳/倫理という考え方と、芸術家における美/おもしろの追求ということを類比として考えている。芸術家個人が目指す美/おもしろというものは、必ずしも観客に受け入れられるとは限らない。万人のために、なるべく多くの人がおもしろいと言ってくれるように、つまり最大多数の最大幸福を目指して功利主義的に創作を行う、などということは、芸術とはおよそ関係がない行為だ。少なくとも僕はそう感じる。
 

当然ながら芸術活動はもう少し孤独なことだ。孤立と言ってもいい。なぜって自分が最高に美しいと思ったシーンを他人が最高に美しいと感じてくれるとは限らないから。そうなんだ、自分の感動が誰かに共有されるとは限らない。「容易には接続されえない感動」というものは確かにある。その時、たとえ多数決で100対1で負けることになったとしても、自分の信じている美については譲ることが許されない、自分の信じている美を信じ抜く以外に進む道は無い、それが芸術ではないだろうか。だから芸術が偉くてエンターテイメントは低級だ、という議論をここでしているわけではない。それは単にスタンスの違いの問題だ。ただ、芸術の側に身を置いた谷崎潤一郎はあの変態性を貫かねばならなかったし、三島由紀夫はあの精神と肉体とが極度の緊張感と熱狂の中で融和するという夢を断念することは出来なかった。僕は個々の芸術家が表現を追求していく中で不可避的に訪れる孤立のことを考えている。もちろん、表現をすることは常にそういった孤立を他人の共感へと接続する努力ではあるのだろうが、究極のところでは自分の美学に頼らざるをえない場面が来る。たとえばハムレットにしてもラスコーリニコフにしても、隣に住んでいたらきっと迷惑なやつらだったろう。だが、そういった人たちを、価値観を、感じ方を、生き方を、描かざるを得ない、という場所に留まること。そこに劇団という芸術集団の核になっている何かが存在するのではないだろうか。その、他者を排除して触れることさえ許さないような潔癖性(それはヘンリー・ターガーが持っていたような閉鎖性とも通じるものだ)を強烈に秘めたままで、劇団という共同体はそれよりも外部の共同体と何らかの利益を共有すべく接続への努力を続けなければならないのだろう。言うまでもなくそれは明らかに矛盾した態度だが、その矛盾は決して解消されることのない矛盾として保持し続けていかなければならない。この諦念にも似たしぶとい接続への希求の態度の中に、僕は芸術というものの本質を感じている。

確かに、劇団を組織としてまとめ、その集団を外部と関係づけるためには、共同体としての外交力、政治力が必要になってくるだろう。それはつまるところ、自分たちのやっていることは意味がある、価値がある、という価値の体系を、行為そのものの中に見出すのではなく、自分たちのやったことの効果、作用、影響の中に見出すことを意味している。劇団という共同体を強く結束させて運営し、さらにそれを外部の共同体へと紐付けるためにはそういった論理も絶対に必要となってくるものだ。そのことは痛感している。おそらく、鈴木さんは、またSCOTはその二重の価値体系を自覚しつつ、そのどちらをも毀損すること無く、かつそれらを峻別しつつ活動を行う、という困難な道を目指したのではないだろうかと思う。

……と、最後は少し観念的な話になってしまったが、そんなところでこの利賀村で思ったことの記事を終えたい。これだけの長さを僕に一気に書かせてくれたのは、言葉にならないところでビシビシ伝わってきた鈴木さん、重政さんを始めとしたSCOTの皆さんや、あるいはアーツカウンシル東京のみなさんの、若手に対する過剰ともいえる期待に対して、僕は僕として言葉にならない感謝を抱いたからだ。改めて、本当に、このような機会を設けていただいてありがとうございました。おそらく、鈴木さんが届けたかった情熱は、あの場所にいた人間だけに限定したものではなく、これを読んでいるあなたにもその範囲が及ぶものだと信じて。
 


 

冬の利賀にて、日記風

  • 2014.02.12 Wednesday
  • 11:09
 

2月7日。午前11時少し前の電車に池袋から乗りこんで、僕は富山県利賀村へと向かった。埼京線から高崎線に乗り換えて「大宮」へ、新幹線MAXときで「越後湯沢」へ、さらに特急はくたかに乗り継いで「富山」へ、そこからまた二両編成の高山本線に乗り換えてようやく「越中八尾」へと到着。ここまででだいたい4時間半。そこから1時間ばかり、ただバスを待つばかりの時間があって、ようやくやって来たワゴン車タイプの小さなバスに揺られて4、50分もしただろうか、ついに豪雪の、厳冬の利賀村に到着した。
 


雪で半分隠れてしまった利賀芸術公園の案内板。


とにかく雪の量がやばい。が、10年に1度の雪の少なさ、なんだそうである。

昨年末に行われた「演劇人のための鈴木教室」の続編ということで、教室の参加者が鈴木さんからご招待を受けたのだ。「まあ、こっちに着いてからは面倒みてやるから、来るとこまでは自分たちで来いよ」との鈴木さんからのお達しで、参加者はおのおの深夜バスやら新幹線やらで利賀村にやってきた。

さて、利賀村3泊4日の旅だったわけだが、その間、何をするのかは事前に一切伝えられて居なかった。とりあえず、1日に2本しか出ない「越中八尾」からのバスに乗って利賀村に来い、ということだけが伝えられていて、あとは現地で指示があるとのことだった。バスが利賀村に到着するやSCOTの方々に迎えに来ていただき、あーだこーだと歓待を受けている内にあっという間に時間が過ぎ去ってしまった。今思い返してみると、なんだかうまい飯ばかり喰っていた数日間だったように思う。
 


右、渋い顔でオレジュを啜る伊藤全記くん。左、見切れているのは「声を出すと……」の山本タカくん、のはず。

着いた当日にはおかずが6、7個もあるような豪華な「給食」が用意されていて、翌朝は豪華なビュッフェ形式。クロワッサンやロールパン、食パン、カステラがあるかと思えば、納豆と味噌汁も用意されており、グリーンサラダ、トマト、照り焼きチキン、五目あんかけ、目玉焼き、ベーコン、うどん、つけもの、アボカド、なんだかチーズ的なものをオープン的なもので焼いたもの、などなどが出され、デザートにはパイナップル、ぶどう、グレープフルーツにキウイフルーツまで用意されていた。昼にはまた豪華な給食があって、夜はパーティーということでお酒まで振る舞われてのまたまた豪華な料理たち。3日目も朝は再びビュッフェで、昼は南砺市が開催するそば祭りにてそばや五平餅、カレー、ぜんざいなどを食べ、夜には食べきれないほどのバーベキュー! ……はっきり言って食べ過ぎた。写真を撮っておかなかったことが悔やまれるが、料理のひとつひとつが本当においしかったし、何よりSCOTのみなさんが過剰なまでの歓待をしてくださることが勿体ないやらありがたいやらでついつい調子に乗ってなんだかんだと言っては毎食、満腹になるまで食べていた。


そば祭りの様子。ここではしゃいだおかげで広田は熱を出すことになる。さもありなん。


合掌造りのための木材を運ぶ「牛ひき」という行事の再現イベント。カメラ目線の伊藤くん。

と、料理の話はさておき。人との出会い、触れ合いも豊かな数日間だった。いろいろと参加者同士の間で交流出来たことも楽しかったし、貴重なことだった。特に「悪魔のしるし」の危口さんは相当イカれた、知性的な人でこんな機会でも無かったらなかなか話すことも無かったろう。挙げればキリが無いがいろいろな出会いがあって刺激的だった。


上、危口さんがいつの間にか彫った謎の雪像。不気味である。
 
さて、いよいよ本題。鈴木さんの話、と、そこから考えたこと、は次のエントリーにしよう。
さらに雪景色の写真を何枚か。


 
これが本場の氷柱。2メートルクラスのヤバい奴。刺さって死ねる。



川にも雪が積もっている。奥は朝日を浴びて輝く山。


雪かきをしていない方の橋。ぎっしりと雪が詰まっていて押し鮨のような状態。


野外劇場の冬の姿。奥に見えるものは客席。


そば祭りに登場した雪の交番。こんな場所ですら交通安全を訴えている意味は深い(適当)


「人権イメージキャラクター人KENまもる君」。ネーミング担当者は極度の寝不足であった(嘘)

「演劇人のための鈴木教室」に参加して思ったこと

  • 2014.01.22 Wednesday
  • 16:58
【はじめに】
 
2013年、12月もまさに終わろうかという年末に吉祥寺シアターにて「演劇人のための鈴木教室」なる教室が開講された。とても学ぶところの多い教室で、演劇創作にまつわる根本的な問題について考え直すとてもいい機会をいただけた。と、いうわけで以下、演出家・劇作家・俳優・劇団主宰、というなんだか分裂気味な立場でそれに参加した一個人としてあれこれ思ったことを書いてみようかと思う。まずはこの教室を企画してくださった多くの方々、アーツカウンシル東京のみなさん、SCOTのみなさん、そして鈴木忠志さんに深く感謝を捧げたいと思います。本当にお忙しいところありがとうございました。

【「演劇人のための鈴木教室」とは何か?】

さて、実際に教室で何が行われたかという話をはじめに少し書いておこう。時は2013年の12月23日から25日の3日間、所は先述の吉祥寺シアター、ホール内。18時から21時前後という大体3時間に渡って3日間の「授業」は行われた。「授業」といっても、厳密にトピックを定めてそれについての情報伝達がなされたわけではなく、客席に座った参加者と相対した鈴木忠志さんがざっくばらんに、縦横無尽に演劇についてあれこれ話をしていくというスタイル。その途中で、同じく吉祥寺シアターで12月26日に本番を控えていたSCOT公演『シンデレラ』に先立つ舞台稽古の公開と、参加者との質疑応答などが繰り広げられた。

 
もちろん、とても具体的な学びがいろいろとあった。たとえば、「座組が20人を越えるとなかなか演出家の目が行き届かなくなる」とか、「台詞を言う際には、どこで呼吸をするか? という問題を俳優に考えさせろ」とか、挙げていけばキリがない。しかし、そういった実践的な多くの知識よりも、「芸術家として生きるとは何か?」という大きなテーマについて、より多く考える種を学んだように思う。

これから、特に心に残ったことについて書いていくが、何せ鈴木さんの著述からの引用ではなく、聞き取りからの引用となるため、正確に鈴木さんの意図が汲み取れていない箇所が多く存在するだろうと思う。が、むしろそのような誤解を通じてかえって僕の問題意識は顕在化するだろうとも思うので、以下、広田はこのように鈴木さんの授業を受け取ったのだ、という文章として読んでいただければ幸いだ。




【人類的な視野に立て】
 
まず鈴木忠志さんの創作/人生における態度で首尾一貫していると感じたのは、常に人類的な視野に立っている、ということ。鈴木さんが創作活動を行うとき、その対象として想定されているのは目の前の観客に留まらない。横軸として想定されているのは日本の演劇界ではなく、全アジア、そしてヨーロッパ・アメリカを含めた世界の演劇界であり、縦軸としては2500年以上に渡るヨーロッパ演劇の歴史としてギリシア悲劇から現代劇までをも想定し、さらに日本の歌舞伎、能、文楽、義太夫、日本舞踊といった舞台芸術の歴史をも視野に入れて、それらの芸術との比較の中で自分の創作を見据えている。特に印象的だったのは「アングロサクソンにひとあわ吹かせたい」という言葉だ。その志の高さが鈴木さんを支えてきたのだろう。
 
鈴木さんは我々に対して、お前たちも自分の活動が人類的な視野に立って価値あるものかどうかを問え、と挑発されていたように思う。鈴木さん自身が実行してきたであろうその態度にとても説得力を感じたし、それと比較した際に現在の自分の視野の狭さを思って大いに反省するところがあった。
 
鈴木さんのすべての話は、人類的な視野に立って有益か否か、という厳しい基準に則って成り立っていた。この「演劇人のための鈴木教室」を実行していることもその一例と言えるだろう。ご自身の存在を歴史の縦軸の中に位置づけ、次の世代のために自分が先行する世代から受け取ったものをちゃんともらさずに引き継いで行こう、そしてそれを発展させていってくれ、という強いメッセージを感じた。
 
【交流に興味はない、人間に興味がある】
 
国際的な演劇フェスティバルなどについての話で印象的だったのは、「文化交流に興味があってフェスティバルをやっているわけじゃない。ただ、人間に興味があるだけだ」という言葉。僕も少ないながらも海外の演劇人と交流する機会を持ったことがあるが、ともすれば仲良くなることがひとつの目的になりかねない国際交流の現場において、人類的な視野に立って価値のある芸術を目指すことは非常に重要だ。厳しい審美眼でもって他者の仕事を判断する時にのみ、国籍や人種を越えて真に付き合うべき芸術家と、そうでない人たちとの峻別が可能になるだろう。そういった厳しい目でお互いの芸術を見つめ合った時にだけ、意義のある文化交流なるものが育まれるのだと思う。

【演劇は政治的であることから逃れえない】
 
政治についての話も、鈴木さんの歩んできた人生を考えるとき、とても説得力のある言葉として響いてきた。自分たちが社会に対して影響を与えうる、価値観の変更を要求するようなインパクトのある作品を作りたいと望むのであれば、その活動は必然的に政治的にならざるを得ない。そんな風に鈴木さんは考えているようだ。
 
では実際に何をどうすればよいのか? ひとつには、自分たちの信じる価値観/ライフ・スタイルを成立させ、その力を見せるということ。これは今回いただいた本の中にあった言葉だが、鈴木さんにとって「見せることはひとつの戦いであって、楽しませるというようなことじゃない」のだという信念がすべての出発点になっているのだろう。
 
鈴木さんは「楽しませる」というエンターテイメントを越えて、「見せるという戦い」を戦って来た。そして、そのために必要なものはすべて自分で調達してみせる、という断固たる態度を持っていた。たとえばこの国の芸術助成のあり方についても、自分を含めた多くの演劇人が、やれヨーロッパと比べて見劣りするとか文句を言ってしまうことに対して、鈴木さんの問題意識は「助成システムをどうするべきかについての具体案を提示すべく、演劇人の中から政治家を輩出できなかったことを我々は反省しなければならない」というところにある。そういった発想を私は持っていなかったのでまさに目が開かれる思いだった。主導権を取るべきなのは常に我々の側なのだ。どこからともなく文化芸術について深い理解をもった役人が現れて芸術界の変革を行ってくれるなどという妄想は捨て、主体的に行動していくことが必要だと感じた。変化は自然発生的に起こるわけではない。望むべき変化を起こすために芸術家が本気になって動けば、行政の中にもそれに呼応してくれる人が必ず居る。そのことを信じてすべての交渉は行われるべきなのだろう。
 
鈴木さんは富山県で、静岡県で、あるいはシアターオリンピックスを実行に移す中で、多くの国の多くの政治家たちと渡り合い、どうあるべきか、という文化行政についての具体的な提言を行ってきた。その意志を実際に具体的な形にしてきたところに鈴木さんの凄さがある。
 
【演出家と建築家は似ている】
 
演出家と建築家の比較についての話も興味深かった。劇作家や小説家は目の前には存在しないものや、観念から創作を行うことができる。画家もまたそうであろう。だが、演出家と建築家は違う。常に実在する「素材」を前にしてしか創作することが出来ない、だからこの二つはとても良く似ている、というのだ。大量の石をスポンジで支えるような建築は力学的にありえないわけであって、建築家は常にそういった実際上の制約の下に創作を行う。演出家もまたしかり。常に目の前の俳優の限界に制約されながら創作をするしかない。きっとそういった視点が、素材である俳優をいかに磨き上げるか、という観点を産み、スズキ・メソッドを創出する原動力となっていったのだろう。
 
今回の「鈴木教室」が実際に『シンデレラ』の舞台装置を前にしての授業だったため、装置についての解説もあれこれとしてくださったのだが、それもまたおもしろかった。いわく、鈴木さんはいろんなところから「ガラクタ」を集めてきて出会わせるのだという。「ミシンとこうもり傘の手術台の上での不意の出会い」というアンドレ・ブルトンのシュルレアリスム宣言からの言葉(?)も引用したりして、その「ガラクタ」の出会いの妙について語っていた。
 
鈴木さんが「ガラクタ」といっていたのは実際にその場所にあったたとえばバケツや、椅子や、コーヒーカップのことであったのだが、もちろん、なんでもかんでもとにかく舞台上にあげてしまえばよい、というわけではない。「ガラクタ」をもっと良い言葉で言えばつまり「遺産」ということになるのだと鈴木さんは言っていた。演出家は人類の「遺産」についての情報をしっかりもっていなければならない、ということをカラヤンやトスカニーニの演奏を例に挙げながら語っていた。つまり、「遺産」について熟知していなければ「ガラクタ」は単なる「ガラクタ」で終ってしまう。それを舞台上で奇跡のごとく輝かせるためにはしっかりと素材について、ガラクタについて、遺産について、知っていることが重要なのだ。「素材」を熟知せぬものは建築家にも演出家にもなれない。
 

【誰に観てもらいたいのか、その対象を明確化せよ】
 
この言葉も大変重要な言葉だった。誰に観てもらいたいのかを明確にせよ、と。ギリシアであれば、ディオニューソス劇場がそうであるように、そもそも演劇とは神に捧げられるものであった。そのため俳優は神に向けて演技を行ってきた。どんな場合でも、演技の対象が俳優のエネルギーの向かう方向を決定するのだ。日本の伝統芸能の中にもまた観客席の中心に座る将軍、殿様への意識が常にあったわけで、誰に見せているのか? という問題意識が同様に強く存在していた。

それがチェーホフ/スタニスラフスキーに至って、演技が舞台上の相手役へ向けてなされるようになった、と鈴木さんはいう。「縦に動いていた俳優たちが、横に動くようになったんだ」と。しかし、ここでも演技の方向性を決定づけているのは依然として、その対象が誰であるのか? という視点であることに変わりはない。さらに、スタニスラフスキー・システム(メソッド)というものは、そもそもチェーホフの戯曲をいかに上演するか? という問題意識の上に構築されたものだ、という指摘があったことも忘れてはならないだろう。

 
もちろん、スタニスラフスキー以後のいわゆるリアリズム演劇というものも、客席を想定し、観客に対して見せていることは間違いはない。ここで考えなければいけない問題が、「演劇を誰に見せるか?」と「演技を誰に向けて行うか?」という2つに分裂しているとみなすことができるだろう。ギリシア悲劇においてはその二つの問いについての答えは両方ともに「神にむけて」であったろう。ではリアリズム演劇はどうか? ひとまず「演技を誰に向けて行うか?」については「相手役」で間違いないだろう。では、リアリズム演劇は誰にむけて見せているのか? 「観客」とひとまずは答えられるのだろうが、さて、はたして観客とは誰か? 

鈴木さんは言う、「お客様は神様です」というのが資本主義時代の演劇のひとつの前提である、と。しかし、「お客様」の求めに応じて、「お客様」のみたいものをみせているだけでは、単なる大衆迎合の「芸能」にしかならない、と。「芸能」は「芸術」とは違う何かとして鈴木さんの中では想定されていた。その区分がどの程度厳密なものであり、どの程度自分にとって有効な区分なのかは怪しい。僕にとって「芸術」と「芸能」とを峻別することは不可能であると思われるし、その区別をすることにほとんど意義を感じない。しかし、もちろん鈴木さんが強調しようとしたことは何もそういった単語使用の厳密さに対しての意見ではない。鈴木さんが言ったのは、あくまで高い志をもって舞台創作に臨むべきであること、そしてすべての経済的な成功者がそういった志を持って創作を行っているわけではないこと、ではないかと思う。それは深い部分で何故鈴木さんが東京という場所で創作することの限界を感じ、利賀村をその拠点に選んだのかという話に通じる。

おそらく当時すでに経済的な成功を収めつつあった鈴木さんは、資本主義と文学/芸術とがどのような関係性の中で出会うことが可能か、いや、もっと言えば、文学はいかにして資本主義を食い破ることが可能か? という問題とぶつかったのではないかと思う。そして、結果として東京は「芸能」の場所であって「芸術」の場所たりえない、と判断したのではないだろうか。


ちょっと話が逸れてしまった。誰に見てもらいたいか? という話だった。強調しておきたいのだが、鈴木さんが語っていたことは徹頭徹尾、観念論ではなく実際的な、現場主義的な話であった。彼がいかに執拗に現場にこだわり続けているか、ということを目の当たりにする機会として、今回の鈴木教室の中に『シンデレラ』の公開稽古が含まれていたことは大変有意義だった。彼ほどの「大物」演出家が、しかも御年70を超えようかという身体状況の中で、逐一自分が稽古場のすべてを統括し、俳優の見せるパフォーマンスのわずかな質の低下すらも看過しないというとてつもない緊張感を保ち続けていることは尋常ならざることだったと言えるだろう。「鈴木教室」の公開稽古の最中、鈴木さんは何度も身振り手振りを交えて俳優のパフォーマンスに指示を出し、それでも足りなければ舞台上に自らが登って実際に動きをやってみせたり、俳優の体に触れたりして、その強度を問い直すのだった。このテンションを保ち続けるのは尋常なことではない。それほどまでに鈴木さんは現場に対して強烈なこだわりをもっており、稽古場に立ち続けることの中にしか演出家の仕事は成立しない、とでもいいたげなその振る舞いは圧倒的な有限実行を感じさせるものだった。

鈴木さんが「対象を明確にせよ」と言ったのは、まさしく実際の客席に座る誰か=観客を、明確に想像せよ、という意味だろう。「見せるという戦い」を戦う際には、この人にだけは負けたくない、この人にだけは認めさせたい、という意識を持つことが決定的に重要になってくる。それゆえの明確化。鈴木さんは極端な例として、「俺はたった一人の評論家のために上演を行ったことがある」というエピソードを披露してくれた。そのぐらい明確な対象を見定めることが重要なのだと鈴木さんは言う。なぜなら、誰に向けて作っているのか? どの基準で作っているのか? という問題意識が、当然ながら自分たちの作品のレベルを規定していくからだ。

 
【だから鈴木さんはスズキ・メソッドを作った】
 
話題がスズキ・メソッドの成立過程に及んだ際の問答も大変興味深かった。鈴木さんは舞台芸術を高いレベルで成立させるためには、高いレベルをもった俳優の身体が欠かせないと考えた。その信念の原点にあるのは「感動」だという。どういうことか。たとえばオペラ歌手の発声や、バレエダンサーの高度な身体コントロール能力、能役者の優れた空間把握能力などを目にした際に鈴木さんは「大したものだ」と「感動」した。まずはそういった人類の遺産に対する感動があって、そのレベルと拮抗した作品を作るために、「方法」≒スズキ・メソッドが構想されたのだ。
 
ちょっと話は逸れるがこのあたりに鈴木忠志という人物が生きた時代というものを強く感じた。おそらく1960年代には寺山修司やリヴィング・シアターの活動、あるいはピーター・ブルックやグロトフスキ、ムヌーシュキン、ロバート・ウィルソンなどという人たちが新たな方法を巡って同時多発的に演劇活動を行い、そのことが相互に刺激を与え合っていたのだろう。
 
では鈴木さんはスズキ・メソッドをどのような観点で構想したのか? 興味深い発言をいくつか挙げておきたい。「音声を消して映像として観た時にはすばらしい動きがそこになければいけないし、逆に映像を消して声だけを取り出してもそこにすばらしい声がなければならない」。小説家/ミュージシャンの町田康が、たしか町田町蔵時代の自分の詩について同じようなことを言っていた。詩として読んでもおもしろく、またそれが音声化されてもおもしろい、そういったものを目指している、とかなんとか……。
 
また、こんなことも言っていた。「この女はかわいいな、とか、好きだな、とか、そういう基準で俳優を選んでいたんじゃダメだ」と。様々な人類の遺産に対する大いなる感動と、それに対して抱いた「アングロサクソンにひとあわ吹かせてやる」的な対抗意識とを出発点として、鈴木さんは自分の作る舞台芸術がどのレベルに到達すべきかという目算を得た。そして、それを達成するために必須の素材である「優れた俳優の身体」を鍛えるために、個人の好みを超えた場所に基準を設け、鍛錬する必要があると考えた。その、自分なりの評価の基準の総体がスズキ・メソッドなのだろうと思う。
 
鈴木さんが俳優の身体に何を求めているのか? それを僕が正確に理解することはおそらく永遠に不可能だろう。それこそがアーティストとしての鈴木さんの核心でもあるだろうから。だからこそ、不可能とは知りながらもそれを類推することは重要だ。おそらく鈴木さんは俳優に対して、非常に大きなエネルギーをコントロールする力を必要としているのではないか。「野外劇場の上演で声が風にかき消されてしまうような恥ずかしいことはできない」という趣旨の発言からも、彼がいかに圧倒的なパワーを求めているかがわかる。
 
また、こんな話も出た。俳優は、たとえばマクベス夫人が神経症的に手についた血の汚れを落とそうとする様や、オイデュプス王の狂気などを演じなければいけない。そのことは単に我々が日常を過ごす過程からは析出され得ないものである、と。その指摘は当然と言えば当然のことだ。たとえばデスデモーナの殺害を決意したオセローを演じるとして、俳優は日常の中からは容易にそのような体験を引き出してこれないし、だからといってそういった日常を送る、などということはさらに不可能なことだ。おそらく鈴木さんは、そのような巨大なエネルギーを持った登場人物たちを肉体として顕現させるために、俳優には高度なエルネギーを扱う能力が、身体の技法として備わっている必要があると考えたのではないか。
 
高度な精神的緊張、集中状態を表現するために、身体の技法が必要だと考えた点にリアリズム演技とスズキ・メソッドとを明確に分かつ分岐点が存在する。もちろん、リアリズム演技もある意味では身体の技法なのだが、おそらく、スタニスラフスキーは鈴木忠志よりも、思考の過程、精神のコントロールに重きをおいていたのではないかと思われる(もちろん、スタニスラフスキーがヨガに着目して、それに取り組んだことも忘れてはならないが)。
 
さて。巨大なエネルギーを束ねること/制御すること/コントロールすることがスズキ・メソッドにおいては重要視されているのではないか、と述べた。さらに議論を進めたい。おそらく、スズキ・メソッドにおいては俳優が巨大なエネルギーを体現するために重心のコントロールをする必要がある、と考えられているのではないだろうか。どういうことか。『シンデレラ』の劇中で披露された断片からも、「重心のコントロール」という課題がいかにスズキ・メソッドにおいて重視されているかは明らかだったろう。訓練の中で俳優は蹲踞の姿勢になり、つま先立ちになり、倒れた状態から起き上がる、……などという動作を繰り返すのだが、それらの訓練で鍛え上げようとしているのは、様々な重心の在り方を自在にコントロールする力、また、姿勢をいかに変化させようとも重心を保ち、ぶれない強靭な身体を身につけること、ではなかったろうか。
 
ここに、明らかな飛躍があるように思う。たとえば、「リア王を演じるためには蹲踞の姿勢でフラフラしてはいけない」と聞けば、それはなんだか奇妙に響くだろう。が、しかし、それは実際に行われていることなのだ。精神的なエネルギー、あるいは巨大な精神的負荷を表現するために、それを肉体的なエネルギー、負荷に変換する、という考え方がここで採用されている。それはもちろん自明のことでは、ない。

鈴木さんがそう考えたのだとすると、そこには「精神的エネルギーは肉体的エネルギーに変換しうる」という哲学が横たわっているに違いなく、極論すれば、「精神とは肉体のことだ」とでも言うべき芸術観がそこには存在しているのではないか。同じ言葉を、舞踊家が口にしたとすれば、それはさして奇妙には響かない。しかし、言葉や声、すらも肉体の中にその真価が見いだされるのだとすれば、それは大きな鈴木演劇の特徴と言ってよいだろう。おそらく、鈴木さんは身体についてそのようなレベルで思考したはずだ。したがって質疑応答の際に鈴木さんが受けた質問、「たとえば平田オリザさんのような方法で演劇を作ることもできるわけですが、なぜ様々な方法がある中で鈴木さんは、スズキ・メソッドを作ったのでしょう?」に対して、「あれは方法ではない」と断言することになったのだ。もちろん鈴木さんはオリザさんについても大変よく知っており、(二人の思い出話のようなものも「教室」の中で披露された)、オリザさんが近年の演出家においては稀に見る体系的な演劇論を出版している人物だと知った上で鈴木さんはこの発言をしているはずだ。と、すれば「あれは方法ではない」という言葉の真意の中には、身体論でなければ演劇論に非ず、とでも言うような極端なまでの身体重視の思想が横たわっていると見るべきではないだろうか。

 
また、少し話はそれるが、私には、スズキ・メソッドによって鍛え上げられた俳優たちの動作が、古武術研究家の甲野善紀さんの動きに通じるとも感じられた。このことは私を混乱させる。もちろん、自分の体が持っている能力を最大化する、という点では甲野さんの追求する古武術とスズキ・メソッドは同じ方向を向いているとも言えるだろうが、甲野さんの古武術研究においてはスピードと効率こそが追求されており、そのことはある意味でスズキ・メソッドの真逆のようにも感じるからだ。つまり、舞台上で意図的に火事場のクソ力を発露させようとする演劇の身体論は、あくまで身体エネルギーのとんでもない浪費を伴うわけで、その不必要なまでの身体エネルギーの結晶化作用は、甲野古武術の追求する「スピード/効率」とは決定的にズレているように感じるからだ。しかし、そのふたつになぜだか大変近い動きを感じた。それがなぜなのか? その共通点と相違点についてはまた改めて考えてみたい。
 
【個人の感動を作品にするわけじゃない、他人が言ったことで自分にとって大切なことを演出するのだ】
 
これは、何が作品を創る動機になるのか? という質問に対して答えた言葉。鈴木さんは自分が日常で体験し、感動したこと、あるいは戯曲に対してすばらしい戯曲だ、と感動したことなどは創作の出発点にはならない、という。あくまで、他人が言ったことで自分にとって大切だと思ったことを演出するのだと言うのだ。この発言の中でも、あくまで自分個人の発想や個性ではなく、人類史的な価値を持つ何かをこそ芸術家は重要視せねばならない、という考えが現れていると言えるだろう。が、一方で「自分にとって大切だ」と感じられたのであれば、それは単に自分が感動した、と言えなくもないわけで、この2つが別のものとして想定されていることは興味深かった。ここでの鈴木さんの真意はおそらく、自分個人の体験、などという狭い了見に留まるな、ということではないだろうか。もちろん、いかなる感動も個人的な体験としてしか出現しないだろうが、その「感動」を客観視して、語るに足るものであるのかどうか、見極める視線を芸術家は持たねばならない、と、そういう意味のことを言っていたのではないかと思う。
 
【自分の弱さを肯定するために創作を行ってはならない】
 
これも印象深い言葉だった。舞台芸術にはいろいろな表現の方法があるし、あらゆる手段/人材/予算を常に我々が常に手にできるわけではない、という話題になった際、鈴木さんは言った。どんな方法を選択するのであっても構わない。ただ、自分の弱さ/欠点を肯定せんがために創作を行うようなマネはするな、と。

 

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